学生時代

今どき、我が家の幼児の帰郷タイミングがだんだん遅くなってきました。

今年の4月から短大に生き始めたのですが、ハイスクール時は運動部で主として実践に明け暮れていたので、目下はじけてしまってるんでしょう。

まぁ、私の20時分もそんなものでしたから幼児によく著しくは言えません。

自転車通学を通じていたハイスクールの時とは違い、東京に通っているので、その楽しさもあるのでしょう。

幼児を信じて今のところは大目に見ています。

独身時代の面白い人生を取り上げてしまったら、それこそ後の評価が恐ろしいですからね。

けれどもひとまず教え子ですから、勉強をおろそかにされては大きい学資を支払う自分としてはたまりません。

格好をみながらチクチクって促して見るようにします。

ただし幼児はこんな親心何処吹く風ってばっかり、応えを返すだけで日雇いに精を出しています。

恰も自分の学生時代そのままです。

う〜っ、なにも言えない自分が歯がゆい・・・。

そんな幼児を見分けるたびに、ひとりでに「独身時代は楽しかったなぁ」と懐かしんでしまう。http://pcbproto.co/

私のおとうさんは大阪に単身転勤

私のお父さんは、大阪に単身転勤中に、「末期の大腸がん」って検査され、余命6か月と言われてきました。今は、「余命半年だ」なんて、本人に言っちゃうんですね!半ば泣き声で、女房のところに電話をかけてきたようなんですが、聞いた女房も、まさかの告知にビックリ仰天したそうです。「痔」もちですお父さんは、便所で血混じりの便を見つけ、軽い気持ちで診療を受けたわけですが、結果は、最悪の小物でした。次いで、女房に電話をしてきた状況です。必ず、住宅に帰って来てもらい、場合を整理して、病院へ行きました。けど、俺は、それもビックリしました。

総て病院で、今までの場合を話したら、「再度診療を通じてみましょう」についてになったのですが、診療が、1か月帰路だと聞いて賞賛!「余命6か月って言われてるのに、如何なる気持ちで待てというんだよ!!」そんなうたい文句を飲み下しつつ帰ってきました。そんな時、近辺の方が、癌研の先生を紹介してしていただき、オペまでしてもらえました。用病院は、診療の設備も演出がいいので、注釈も細かくしてくれました。

今、余命6か月というお父さんは、おかげさまで情緒だ(笑)ピーチローズってどんなの?